暇と退屈の倫理学

暇と退屈と言葉を別けて、なぜ暇と、なぜ退屈と人は感じるのかから本書は始まる。

人の長い歴史、遊動生活から定住生活へ変化する中で人が取得した暇、そこから生まれる退屈。
モリスやヴェヴレン、ハイデッカーなど哲学者や経済学者、ひいては生物学者の言葉を引用し、その正体を暴く。

著者はこの言葉を大きく4つにわけた。

暇がある – 退屈している
暇がある – 退屈していない
暇がない – 退屈している
暇がない – 退屈していない

それぞれがどういた状態を示し、それがどのように人に影響していくのか。

始めは結論が見えづらく、くどく感じたが、最後まで読むことで思考の過程も含めた結論なのだと考えさせる。

浪費と消費を明確にわけ、人がどのように先を進むべきか。
現在あるこの気持ちの正体を掴みながら話を進める。

人の枠にとらわれず、環世界まで話を広げ、結論でのまとめ方は実に見事。

暇、そして退屈は常に人にまとわりつき、時には蝕む。
いかにに暇つぶしをし続けるか、正体をつかむことで指標としたい。

 

2018.3.25

 

 

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